母の願い
上ノ国でアドラーの学習会があった。2ヶ月に1回の定例会。
途中、個別の相談が入った。変則的だけど、そもそもこの集まりが養護の先生方の学習会から始まったので、受け入れている。
だいたい方向性が見えて、クライエントがほっとひと息つけたら、またみんなの輪に加わる。こういうやり方も、なかなか良いかもしれない。
話題は、「どうして親は世間一般の価値観から逃れられないのか?」。我が子には、どうしても『ふつう』になって欲しいと願う。『ふつう』に学校に行って、『ふつう』に勉強して、『ふつう』に友達を作って、『ふつう』に先生の言うことを聞いて・・・けれども、子どもは往々にして『ふつう』じゃないことする。すると、親は焦って、ああでもない、こうでもないと要らぬおせっかいを始める。その結果、子どもの勇気をくじくことになる。
パセージテキストの38-R「わがままなままで人の役に立つ」を読む。最も好きな場所のひとつだ。相変わらず、テキストにはいいことが書いてある。テキストの文章はとても説得力があって、みんなで読むと議論が整理されるからいい。
終わってから、メンバーの一人が連れてきた子どもと外で遊ぶ。

すっかり、孫と遊ぶじじの気分だ。
途中、個別の相談が入った。変則的だけど、そもそもこの集まりが養護の先生方の学習会から始まったので、受け入れている。
だいたい方向性が見えて、クライエントがほっとひと息つけたら、またみんなの輪に加わる。こういうやり方も、なかなか良いかもしれない。
話題は、「どうして親は世間一般の価値観から逃れられないのか?」。我が子には、どうしても『ふつう』になって欲しいと願う。『ふつう』に学校に行って、『ふつう』に勉強して、『ふつう』に友達を作って、『ふつう』に先生の言うことを聞いて・・・けれども、子どもは往々にして『ふつう』じゃないことする。すると、親は焦って、ああでもない、こうでもないと要らぬおせっかいを始める。その結果、子どもの勇気をくじくことになる。
パセージテキストの38-R「わがままなままで人の役に立つ」を読む。最も好きな場所のひとつだ。相変わらず、テキストにはいいことが書いてある。テキストの文章はとても説得力があって、みんなで読むと議論が整理されるからいい。
終わってから、メンバーの一人が連れてきた子どもと外で遊ぶ。

すっかり、孫と遊ぶじじの気分だ。
- 関連記事
-
- 学会でアドラーを語る (2011/08/27)
- じじの目 (2011/07/03)
- 母の願い (2011/07/03)
- 東日本地方会 (2011/06/26)
- 葛藤をよみとく (2011/06/04)
スポンサーサイト