じじの目
上ノ国で一緒に遊んだ子どものことを考える。
彼は、学習会の間部屋の中で遊んでいたのだが、途中で飽きてしまって、外に探検に行こうとしたり、おもちゃを投げたり、お菓子をちらかしたり、なかなか親泣かせな行動をとっていた。
でも、外に出たら、まるで水を得た魚のように生き生きと遊び出す。とてもいい笑顔を見せて、果敢に遊具にチャレンジする。3歳とは思えない身のこなし方で、ジャングルジムや鉄棒でフルに遊ぶ。ごねることもなく、泣き言も言わず、集中して遊ぶ。要するにこの子はアウトドア派なのだ。

室内外のこの極端な差が面白い。環境を整えさえすれば、これほどまでに建設的な行動をたくさん見せてくれる。しかし、親にしてみれば、室内でのきかん坊さに目が向くであろう。こうやって、外で生き生きとする姿に目を細めることができるのは、私がすっかりじじの目になっているからであろうか。
ちょっと離れてみると、子どものステキなところが一杯見えてくる。じじ、ばばの目というのが今とても必要とされているのかもしれない。
彼は、学習会の間部屋の中で遊んでいたのだが、途中で飽きてしまって、外に探検に行こうとしたり、おもちゃを投げたり、お菓子をちらかしたり、なかなか親泣かせな行動をとっていた。
でも、外に出たら、まるで水を得た魚のように生き生きと遊び出す。とてもいい笑顔を見せて、果敢に遊具にチャレンジする。3歳とは思えない身のこなし方で、ジャングルジムや鉄棒でフルに遊ぶ。ごねることもなく、泣き言も言わず、集中して遊ぶ。要するにこの子はアウトドア派なのだ。

室内外のこの極端な差が面白い。環境を整えさえすれば、これほどまでに建設的な行動をたくさん見せてくれる。しかし、親にしてみれば、室内でのきかん坊さに目が向くであろう。こうやって、外で生き生きとする姿に目を細めることができるのは、私がすっかりじじの目になっているからであろうか。
ちょっと離れてみると、子どものステキなところが一杯見えてくる。じじ、ばばの目というのが今とても必要とされているのかもしれない。
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