わかりやすい援助
昨日は、青い空の高橋実花先生の案内で、ゆうあい幼稚園の見学に行ってきた。

ゆうあい幼稚園は、古くから障害を持つ子を積極的に受け入れ、障害を持つ子も持たない子も一緒に豊かに発達する保育を実践してきた。園長先生の案内で、園舎を見て回った。一見して普通の幼稚園と変わらないが、あちこちに写真が張ってあったり、足の型がついていたり、床にテープが張ってあったり、教室の片隅にボードで囲われた小部屋があったり、それがこの幼稚園の工夫の一環なのだ。
一通り見回った後、園長先生のお話をうかがった。言葉の端はしに園長先生の実直な性格があらわれていた。こういう園で育つ子どもは幸せだろうなと思う。
言葉が遅かったり、理解の力が弱かったり、人とのやり取りがうまくできない子どもたちがいる。その子たちへの援助の基本は、実物や写真など見せてわかりやすくする、見通しが持てるようにスケジュール化する、困ったときやしてほしいことがあった時にどう伝えたらいいかを教える、刺激を減らして集中しやすい環境を作る、落ち着く場所を別に用意するなど、いわゆる「構造化」と言われる手法だ。そのことによって、いちいち指示したり、注意したりしなくてもいいようにしている。「わかる」ということが「安心」につながり、それは「自信を育てる」ことにつながるということだ。
いろいろ工夫しているが、時にはそれでも難しい子がいて、大変なこともあった、でも2年間をかけて、粘り強く関わり、卒業するころにはずいぶん子どもが落ち着いたというお話をしてくれた。それに対する実花先生のコメント、「そういう子を受け入れることで、先生方も私たちも成長できるんですよね」と言われていたのがとても印象的だった。いつでも前向きに物事をとらえられるのがすてきだ。
この園では、「構造化」によって、子どもたちが自信を持てるような援助ができている。園を卒業した後に必ずしも理想的な環境が続くわけではないが、そのあたりはどのように考えられているのかという質問に、「私たちはナチュラルサポートと言うことを考えている。点字ブロックや信号機の音のガイドなどのように、当たり前のようにそこにある援助として、このような取り組みが広がっていければと思っている」と言うお話であった。
おそらく、少しずつ、少しずつこの園での取り組みが、家庭に、他の保育園や幼稚園に、そして、学校にと広がっているのであろう。恥ずかしながら、私も今回このように現場を見て、認識を新たにした次第。少しでも、このような援助の方法論が地域に広がっていくお手伝いをしていきたいものだと思った。

ゆうあい幼稚園は、古くから障害を持つ子を積極的に受け入れ、障害を持つ子も持たない子も一緒に豊かに発達する保育を実践してきた。園長先生の案内で、園舎を見て回った。一見して普通の幼稚園と変わらないが、あちこちに写真が張ってあったり、足の型がついていたり、床にテープが張ってあったり、教室の片隅にボードで囲われた小部屋があったり、それがこの幼稚園の工夫の一環なのだ。
一通り見回った後、園長先生のお話をうかがった。言葉の端はしに園長先生の実直な性格があらわれていた。こういう園で育つ子どもは幸せだろうなと思う。
言葉が遅かったり、理解の力が弱かったり、人とのやり取りがうまくできない子どもたちがいる。その子たちへの援助の基本は、実物や写真など見せてわかりやすくする、見通しが持てるようにスケジュール化する、困ったときやしてほしいことがあった時にどう伝えたらいいかを教える、刺激を減らして集中しやすい環境を作る、落ち着く場所を別に用意するなど、いわゆる「構造化」と言われる手法だ。そのことによって、いちいち指示したり、注意したりしなくてもいいようにしている。「わかる」ということが「安心」につながり、それは「自信を育てる」ことにつながるということだ。
いろいろ工夫しているが、時にはそれでも難しい子がいて、大変なこともあった、でも2年間をかけて、粘り強く関わり、卒業するころにはずいぶん子どもが落ち着いたというお話をしてくれた。それに対する実花先生のコメント、「そういう子を受け入れることで、先生方も私たちも成長できるんですよね」と言われていたのがとても印象的だった。いつでも前向きに物事をとらえられるのがすてきだ。
この園では、「構造化」によって、子どもたちが自信を持てるような援助ができている。園を卒業した後に必ずしも理想的な環境が続くわけではないが、そのあたりはどのように考えられているのかという質問に、「私たちはナチュラルサポートと言うことを考えている。点字ブロックや信号機の音のガイドなどのように、当たり前のようにそこにある援助として、このような取り組みが広がっていければと思っている」と言うお話であった。
おそらく、少しずつ、少しずつこの園での取り組みが、家庭に、他の保育園や幼稚園に、そして、学校にと広がっているのであろう。恥ずかしながら、私も今回このように現場を見て、認識を新たにした次第。少しでも、このような援助の方法論が地域に広がっていくお手伝いをしていきたいものだと思った。
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